TANOMOSHIを通じ、どんなインパクトの創出を目指したのでしょうか。
株式会社御祓川(以下、御祓川)が奥能登を元気にする企業を育て、地域が活性化することを目指しました。TANOMOSHIの取り組みの中で参加企業(ラボパートナー)はスキルを得て、仲間を得て、持続可能な経営が可能になり、地域の他の企業への刺激になるということです。
参加企業の成長は期待通りでした。想定を上回ったのは企業同士がコミュニティーをつくるにとどまらず、互いをサポートし合うようになったことです。
アクセラレーションや事業創造などの一般的な事業者支援の取り組みでは立場が「教える側」「教えられる側」に固定されがち。今回は秘密保持契約を結んだことで、経営者同士が普段なら社外に出さないビジネス上の悩みなどを語り合えました。TANOMOSHIでは、そうした仲間づくりが効果的だったと思います。
その仲間意識は奥能登特有の現象でしょうか。
自助、公助という言葉があります。今回は自助と公助が重なり合う部分が多いメンバーで構成されました。例えば観光業であれば、地域を維持されることは、自社のビジネスの根幹にかかわる重大事です。また、地元の造り酒屋も代々の家業を続けていくこと自体が企業のパーパスであり、地域の存続は自社の存続にとって必須なわけです。
地域の活性化への気持ちが強い土地柄も手伝ったのでしょうが、メンバー選びの時点で「地域のためになる=自社のビジネスが強くなる」という構図がありました。メンバー間で「地域の存続」が大目標だという合意があったのは大きかったと思います。
また、今回は興能信用金庫がメンバーに名を連ねてくれました。TANOMOSHIは現場の職員が企業の経営全般に触れる機会になりますが、すぐに融資につながって利益を生むわけではありません。そんな中で、こうした取り組みに人的リソースを割いてくれた(2年間にわたり、常時4、5人をコーディネーターとして配置)のは想定以上のコミットでした。
当初は「伴走支援して事業計画をつくる」と言われて戸惑ったでしょうが、非財務分野はこれから地域金融機関が生き残るために重要で、そのトライアルケースになったと思います。本来、信用金庫はそうして(短期的に伴走で信頼を得て、長期的に融資を得ることで)企業を成長させて取引を拡大するのが望ましく、重要な取り組みになったのではないでしょうか。
サポート時に心掛けたことは何ですか。
「助成金がなくなったので終了」というのは残念なので、出口戦略を意識しました。1年目は具体的なサポートを実施。例えば、ロジックモデルを作る講師をしたり、興能信金以外の他地域の信金も含めた勉強会を開くための資料作りや講師紹介をしました。2年目は支援の重点をTANOMOSHIの運営団体である御祓川自身の経営に移しました。
各参加者は「地域のためだけ」にプロジェクトに入るわけではありません。ロジックモデルは各社の経営が改善して地域の活性化につながることを可視化したり、信金の担当者がどうしてこの事業に入っているのか、という目線を合わせるツールになります。メンバーはまず具体的に「われわれはここを目指す」「自分はここを目指す」と確認し、節目ごとに進め方を議論することが大切です。
TANOMOSHIを新たに始める場合、どんな地域に効果的でしょうか。
地域では、変革の意図を持つ人が既得権益を守る勢力と衝突しがちです。TANOMOSHIは「自らの手で地域を何とかしたい」という人たちが集える地域でないと意味がなく、地域外から来た人に加え、地元密着の歴史ある組織が入ることも成功の鍵になるでしょう。
もっとも、地域の活性化と会社の経営は別物で、対立すると捉えられることもあります。しかし、小さな地域では両者が重なる。それなら、事業者は半ば利己的な動機で参画しても良い。中間支援団体は企業が元気になることが地域を元気にすると考え、TANOMOSHIを導入してみても良いと思います。
もちろん、TANOMOSHIの舞台は(過疎化が進む)地方に限りません。例えば、鉄道やバスといった交通インフラ事業者、新聞社、電力会社などは地域の持続性と会社の持続性が重なる点で地方と状況が似ており、それなりの規模の都市にも応用できると考えます。
地方、都市部に共通するのは、自らの手で地域を何とかしていく意思を持った人々が集う地域にとって、TANOMOSHIは効果を出せると思います。